かつてDTMerの憧れだったM/S処理による音圧上げ【コラム】

憧れのM/S処理
当サイトには広告・プロモーションが含まれています

M/S処理とは、音楽制作において音を通常のLR(左右)ではなく、真ん中(Mid)と両側(Side)に分けて処理するテクニックのことです。たとえばMidとSideの音量を調節することで、中央に位置するボーカルを際立たせたり、曲全体のステレオ感の調整をしたりすることができます。

M/S処理の機能は、現在では多くのEQやコンプレッサーに搭載されています。EQだったらMidとSideに分けてイコライジングができるというわけです。

このM/S処理、かつては高級なプラグインにしか搭載されておらず、一般DTMerにとって高嶺の花だった時代があります。まあ高嶺の花は言いすぎかもしれませんが。

憧れのM/S処理

M/S処理!

ここからは私の肌感覚の話なので、実情と違ったらすみません<(_ _)>

記事のタイトルには「DTMerの憧れだったM/S処理」とありますが、なぜ憧れだったかというと、まずなんといってもM/S処理という名前。いやー、かっこいいですよね。MS方式と表記されることもありますが、やはりMとSの間にスラッシュはほしいですし、方式ではなく処理と言いたいところです。プロ感がありますし、なにか難しそうなことをしている印象も与えてくれます。
「この曲のマスタリング、仕上げにM/S処理を使ってるんだよね」なんて言ったら、こいつやるな、と思ってくれそうじゃないですか。

という冗談(半分本気)はさておき、曲作りの視点から憧れた理由は、M/S処理を使うとプロレベルまで音圧を上げられるという情報が出まわったからです。

かつて、一般DTMerの最優先課題が音圧上げだった時代があります。だいたい2010年前後あたりの話です。
ときは戦国時代、ならぬ音圧戦争真っただ中の時代、一般DTMerにおいては、とにかくなんとしてでもプロレベルの音圧にしたい、というのがミックス・マスタリングの目標になっていました。

今では多くのDAWに高性能なマキシマイザーやマルチバンドコンプが付いていて、誰でも簡単に音圧を稼げるようになりましたが、かつてはそういったプラグインは高いサードパーティー製のものを買わねばならず、一般DTMerは、DAW付属のシングルバンドコンプやリミッターをいろいろと試しながら、音圧を稼ぐ方法を模索していました。

しかし、シングルバンドコンプを曲全体にかけていくらゲインを上げても、音が飽和した感じになってしまい、市販曲のようなすっきりとしてなおかつ音圧マシマシのサウンドにすることはできませんでした。

そんなあるとき、とある情報がDTM界隈に広まります。

M/S処理を使うと、音全体が前に出てきて、音圧も市販CDレベルまで上げることができるらしいぞ、と。

実際に、M/S処理で曲全体のSideを持ち上げると、音が大きく聞こえるようになります。
Midにはボーカルやベース、キックなど、曲の中心となる存在感のあるものが重なっていて、音圧を上げようにも限界があります。そこで、真ん中が埋まっているなら側面を上げればいいじゃない、とばかりに空いているSideを埋めて、音圧をマシマシにしたわけです。

私は結局M/S処理ができるプラグインを手にすることはなく、自力でM/S処理を実現しようといろいろやってみたのですが、当時は情報が少なくうまくはいかず、M/S処理による音圧上げはできずじまいでした。

M/S処理による音圧上げの流行りの終焉

M/S……処理

結局のところ、M/S処理を使った音圧上げというのはスタンダードにはなりませんでした。その原因としては3つのことが考えられます。

ひとつめは、M/S処理でSideの音量を上げることによって得られる、スピーカーの前面に貼り付いたようなサウンドが、あまりよくないマスタリングの事例として捉えられるようになったことです。ボーカルが埋もれ、音がのっぺりとして奥行きがなくなり、すべての音が前に出てくるような圧があり、聴いていて耳が疲れるようなサウンドになってしまいます。
また、逆相が出てモノラル変換時に問題が起こる可能性も出てきます。

2つめは、マキシマイザーやマルチバンドコンプなど、音像を崩さず音圧を上げられるプラグインが一般化したことです。これらのプラグインを使うことによって、M/S処理による音圧上げのような裏技的なものを使わずとも、比較的簡単に望む音圧レベルを稼ぐことができるようになりました。

3つめは、音楽業界における音圧至上主義の時代が終わり、無理に音圧を上げる必要がなくなったことです。もちろん音圧上げがいらなくなったわけではなく、いい音を保ちながら音圧を上げるテクニックは今でも必要なのですが、音の隙間がまったくないようなミチミチのサウンドは求められなくなりました(一部のエレクトロニックミュージックを除く)。

あとがき

M/S処理への憧れを書くはずが、負の側面についてのほうがメインになってしまいました(笑

もっともM/S処理でSideを上げてはいけないのかといえばそんなことはなく、適度にやればステレオ感が広がって音もきらびやかに感じられるようになりますし、効果的な方法ではあります。つまり、ただひたすら音圧を上げることだけを目的に使うのがよくないということですね。

なにごともやりすぎはよくないという当たり前のお話でした。

Ozone 11に搭載されているEQやコンプ、エキサイターなどで、M/S処理が行えます。

iZotope OzoneのDynamicsを使ったM/S処理

真ん中あたりにあるプルダウンからMid/Sideを選択すると、その両隣にMidとSideの項目が出てきて、それぞれ個別に設定することができるようになります。